明治の舞鶴へタイムトラベル
昨日は、舞鶴へ行っていました。
今年の海フェスタの会場にもなっているのです。それをきっかけにした貴重な建物の一般公開がありました。

聚幸菴という元海軍御用達の料理旅館です。明治37年に建てられ昭和まで、軍の偉いさんや地元有力者の宴会などに使われていたそうです。

使われなくなって長く放っておかれたので、雨漏りや庭も草が覆い茂って荒れていたそうです。
今回の公開をきっかけに、ボランティアさんたちの多くの汗と努力のおかげで、当時の活気溢れていた軍港舞鶴を見ることが出来ました。

玄関前。
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玄関を上がった前の福助?の窓。
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宴会場には能舞台。
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天上は格天上、庭には変わった枝振りの松。
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手回し蓄音機から、東郷平八郎の亡くなる1年前の言葉が聞こえます。
日露戦争の勝利に浮かれることなく、勝って冑の尾を締めよ!
2階には、乃木希典や東郷平八郎の間がありました。
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今の東舞鶴の商店街は寂れて、老舗旅館も他者に代替わりしたり、全く別の店になったりしてしまいましたが、明治、大正、昭和と海軍と共に栄えていた頃や、シベリアや中国からの引き揚げの港として、悲喜交々の現実を見てきた町を今生きる私も心に焼き付けておこうと思いました。

この聚幸菴を懐かしく涙ぐみながら見学に来られる高齢の方の後ろ姿が、沁みました。
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by harutin52 | 2014-08-03 13:05 | お出かけ | Comments(2)
Commented by jarin-co at 2014-08-04 19:24
こんな立派な建物を放置してたなんてもったいないことやなぁ。
管理するのも大変なんやろうけどぜひ遺していきたいよね。
Commented by harutin52 at 2014-08-05 17:02
jarin-co さんへ
ここは、舞鶴じいちゃんのお葬式のあとの精進落としをした松栄館の別館です。松栄館もオーナーが代わってホテルになりました。
久しぶりに、よしこさんとすみちゃんに会えて懐かしかったです。
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